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「…今帰ったぞ、濃」
「ご無事のお戻り、心より喜び申し上げます。此度の勝ち戦、殿におかれましては誠に──」
「一日じゃ!」
姫の口上を信長の溌剌とした声が遮った。
「僅か一日で、あの今川勢を駿河へ叩き戻してやったぞ! どうしゃ濃、今川など恐おうはないと言った儂の言葉は偽りではなかったであろう?」
「まあ─」
意気揚々と告げる夫の前で、姫は思わず含み笑いを漏らす。Notary Public Service in Hong Kong| Apostille Service
「でしたら殿、私が申し上げた言葉とて、偽りではなかったでしょう?」
「ん?」
「“父上様は一度お認めになられた者を裏切るような真似は致さぬ” ──この言葉通りになりましたでしょう?」
「おっ……ははは、確かにその通りじゃのう」
「今川勢との戦は殿の勝ち。殿との口論戦はお濃の勝ちにございますな」
濃姫が得意顔で言うと、信長はふっと鼻で笑った。
「左様なことにまで勝敗を付けたがるとは、さすがは蝮の娘。負けず嫌いよのう」
「はて、それはどうでしょう? 殿の正室故かも知れませぬぞ」
「また左様な憎まれ口をききおって」
「ふふふ、これは失礼を致しました」
濃姫はおざなりに頭を垂れると、打掛の袖から袱紗(ふくさ)を取り出して
「……殿、ほんにようご無事で戻られました」
信長の顔に付いた泥を拭き取りながら、真摯な面持ちで告げた。
「此度の勝利は、あなた様の御為に、その命を擲(なげう)ってまで闘い続けてくれた者たちの、血と涙の結晶にございますな」
「…お濃」
信長は妻の言わんとする事を察したのか、ふいに真面目顔になって「うむ」と頷く。
その刹那、信長は濃姫の背中に手を回すと、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
「と、殿、いったい何を !?」
驚いて、姫が双眼をぱちくりさせていると
「よう覚えておけ。これが戦の匂いじゃ」
「……」
「その場に立った者にしか分からぬ匂いだ。この中に何十、何百という人間の魂がある…。それを、よう心に刻み付けておけ」
信長の纏う厚い甲冑の奥から、多くの人々の血と汗。
硝煙、砂埃、そして鉄が焼けるような鼻をつく匂い──
そんな、到底女人には受け入れ難いであろう様々な異臭が漂ってくる。
しかし姫はそれを、香を聞くが如き神妙な面持ちで、心静かに知覚していた。
何も信長に言われたからではない。
ひとえに武将の妻として、我が夫が身を置く場所の、何万という家臣たち血を流し闘い合(お)うた場所の匂いを知っておきたかった。
いつかこの異臭の中に呑み込まれ、信長が二度と戻らない日が訪れるかも知れない。
最悪、髪の一筋も遺さぬままに…。
濃姫は覚悟の思いで、その受け入れ難きものを、懸命に受け止めようと努めているのだった。
翌日の二十六日。
信長からの鄭重な礼を受けた安藤盛就率いる斎藤家の軍勢は、翌二十七日、無事美濃へと帰国した。
稲葉山城に着くなり、盛就は直ぐさま道三の御前に参上すると
「信長殿におかれましては、この度の殿のお力添えにいたく感謝の意を示され、
“此度の勝利は両国の団結の力がもたらしたもの”と評されて、幾度となく頭を下げておられました」
信長の深い謝意を、笑顔満面で申し伝えた。
「団結の力か…。この儂が裏切りもせず、確りと那古屋城を守ってやった故勝てた戦じゃというに、