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そんな時
「お方様!お方様!どちらへおられまする!」
外の廊下から、老女・千代山の声が響いた。
濃姫は何事であろうか?と、怪訝な面持ちで外に出ると
「嗚呼!こちらでございましたか!」https://www.easycorp.com.hk/zh/notary
打掛の裾あしらいも構わずに、千代山が大慌てでやって来た。
「お方様…お急ぎ下され!表に輿をご用意致しました故、すぐにお支度を!」
「落ち着きなされ、千代山殿。いったい何の話をされているのです」
興奮状態の千代山は一度大きく深呼吸をすると、動揺の色が濃く浮かぶ顔を向けながら、一息に告げた。
「大殿様が、ご危篤(きとく)にございます!」
「義父上様が!?」
「暫く前からご体調が優れず、度々床に臥せられていた由」
「…何と…」
「お方様、一刻を争うことにございます。直ちにお支度をあそばされ、末森城へお出座し下さいませ!」
「このことを、殿には!?」
「先程 平手様がお知らせに参りましたが、野駆け中の殿が、早々に見付かるかどうか…」
千代山は不安顔で言うと
「とにもかくにも一大事でございます故、せめてお方様だけでも、急ぎ大殿様のもとへ!」
濃姫を化粧の間へと移動させ、大急ぎで身支度を整えさせた。
濃姫は信長よりも一足早く末森城に駆け付けたが、既に大殿・信秀は虫の息であった。
ひゅーひゅーと、すきま風が吹き込んでいるかのような、高く細い呼吸を懸命に繰り返している。
顔も紙のように青白く、濃姫が初めて対顔した時のような、生き生きとした、あの豪胆さはすっかり失われていた。
信秀の枕元には多くの医師たちが付き、そこから少し離れた所に土田御前と信勝。
寝所の次の間には、柴田権六ら主だった家臣たちが、一間を埋め尽くすように控えている。
濃姫も信勝の隣に端座し、目の前の緊迫した状況を、固唾を呑んで見守っていた。
「──流行り病を患っていたのです。もう暫く前から」
ふいに信勝が呟いた。
「流行り病を?」
濃姫が思わず聞き返すと、信勝は静かに頷いた。
「父上は“大した事ない”“平気じゃ平気じゃ”と、常に笑って言うておられましたが…
今思えば、父上はずっと、死にも繋がる病と、独りきりで闘っておられたのでしょうな」
「…左様にございましたか」
姫が得心して頷き返すと
「大殿がかような状態に陥ったのは、流行り病のせいではございませぬ」
信勝の説明を覆すように、突として土田御前が口を挟んだ。
「女狂いのせいじゃ。卑しい女共に、生気をみな吸い取られてしまわれた故に相違(そうい)ない」
「お止め下さい母上。このような時に何を申されるのです!?」
信勝は小声で母を窘(たしな)めた。
「だってそうではありませぬか。 “尾張の虎”と呼ばれ、表の世ではその武功を讃えられた大殿なれど、普段はどうであった?
殿御の甲斐性とばかりに、側室を幾人もお抱えになり、毎夜のように奥向きに通われておったではないか。
私からすれば、このような有り様になったのも自業自得。年甲斐もなく若い女ばかりにお手を付けられた故、精も根も尽き果ててしもうたのじゃ」
「母上、お言葉が過ぎまするぞっ」
信勝は今一度窘めたが、土田御前は構わないとばかりにそっぽを向いた。
確かに信秀には多くの側室がおり、信長や信勝も含め、分かっているだけでもニ十人以上の子供が存在する。
が、だからといって夫の死を目の前に、このような辛辣な言葉を漏らす母の心情が、正直信勝には理解出来なかった。