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「ですが、そのことが副長にバレたのです。一昨日の夜、兄上は副長から詰問されました。私も初めてそこで愚行を知りました。……それでも伊東先生の名は出さなかった」
間違いなく切腹の沙汰が下ると思った谷は、夜明けと同時に伊東に縋った。『参謀のために奔走してきたのだから、どうか口添えをしてくれまいか。それが出来ぬのであれば、洗いざらい吐くしかない』と。
「ここからは憶測ですが……。【正視經痛】「不正常經痛」或屬朱古力瘤警號 靠服止痛藥非治本 口服荷爾蒙類藥物助治子宮內膜異位症 | 親子王國 恐らく伊東先生は兄上を見捨てたのです。青い顔で戻ってくるなり、"もう終わりだ"と言っておりました。そして、その夜……。う、うう……ッ、絶対に、口封じのために、」
それだけ言うと、周平は泣き崩れた。その身体を原田が支える。式台の上へ座らせると、原田は桜司郎を少し離れた場所へ手招きした。
「……すまねえな。周平のやつ、悲しみの余りに周りが見えていないんだわ。滅多なことは言うもんじゃねえとは言ったんだがよ。ま、話し半分に聞いてやってくれ。親切にしてくれたお前には言いたいと聞かなくてな」
手間を取らせたな、と原田は桜司郎を解放する。桜司郎は部屋に向かう途中で、殆どが葉だけになった桜の木を見付け、その下で立ち止まった。
──まさか、伊東参謀が。いくら何でもそのような事をする人じゃ……。
そう思っていると、人の話し声が風に乗って聞こえてくる。このような人気のないところで誰が、と樹の幹に隠れた。その存在に気付いてしまったからには出て行けず、立ち聞きをするような形になる。
「──流石は斎藤君だ。谷さんは少々しつこくて困っていたのです」
その声には聞き覚えがあった。どきりと心の臓が音を立てる。
「いえ。伊東のお役に立てたのなら何より。俺はこういうことしか役に立ちませんから」
その声の主たちは、伊東と斎藤だった。何とも都合よく周平の話しを聞いた後だったからか、悪いことばかりが頭の中を駆け巡る。そしてふと、昨夜の斎藤の様子を思い出した。
──血だ。斎藤先生からは血の臭いがした。
桜司郎は声が漏れそうになり、自身の口を手で抑える。鼓動は忙しなく鳴り響き、変に口の中が乾いた。幹に背を預け、座り込みそうになる足を何とか支える。
──周平さんの話しは本当だったんだ。伊東参謀が斎藤先生へ、のために暗殺を依頼した……?
信じられない気持ちになり、混乱する。それと同時に、知ってはいけないことを知ってしまったと青ざめた。
『あまりに目敏いのは命を縮めるだけだ』
昨夜の斎藤の言葉が咎めるように思い起こされる。桜司郎は咄嗟に耳を塞いだ。そして音を立てずにその場へ座る。存在を消すように、身体を出来るだけ小さくした。
『良いか、あんたは今何も見ていない。誰とも会っていない』
──見ていない。伊東参謀と斎藤先生が会っていたなんて知らない。話の内容も聞いていない。
やがてそうしているうちに、いつの間にか人の気配は消える。恐る恐る耳から手を離し、そっと二人の居た場所を見やった。
そこに誰も居ないことを確認すると、思わず安堵の息が漏れた。
その時、ぽたりと水が上から降ってくる。空を見上げると、厚めの雲が空を覆い尽くしていた。
このご時世、暗殺など珍しいことではない。どこの役人が辻斬りにあった、何番組の隊士が闇討ちにあったといった話しは日常茶飯事だ。
ただ。
『無闇矢鱈に、仲間の命を奪うなどと非道な行いは慎むべきです』
仲間の命の尊さを語っていた伊東が、それを指示したという事実。そして尊敬する斎藤がそれに加担したという事実が虚しく思えた。
──一体、何が起ころうとしているのだろう。